テレビ執念
前回のお話。
実は最初はこのテレビを再利用しようとは思わず、iPadでテレビを見ることができないかと色々と調べてみた。
iPadならば、どこでも持ち運べて好きな場所にテレビを見ることができると思ったからだ。
で、調べた結果、こちらを見つけました。
レビューも高いし、いいんでないの。と思っていたが、どうもレビューの評価を詳しく見てみると、地域や建物などによって見れない場所があるようだ。
私の住んでいる場所は伊豆の山に囲まれた田舎で、地デジの電波塔も調べてみたのだが(調べるまでそんなのがあるとは知らなかった)6キロぐらいの距離なのだが、田舎ながらも住宅が密集しているのと、我が家の作りが鉄筋なので電波が入るか心配になる。
また、1階なので、窓からは見渡すかぎり家々しか見えないので、本当に電波が入るか心配になり断念。
しかも、中古でも1万という、これまた万年貧乏人としてはかなりの大博打になってしまうので、やはり確実に、なおかつ安くテレビを見れる方法を探す。
で、前回のブログにもあったように、荒れ果てた部屋からこちらのテレビが出てきた。
おぉー。Amazonに載っているのねと、小さく感動。
2004年11月販売と書いてあったので、もう14年前のもの。
14年前って、私、まだ19歳だぁとしみじみ思う。
それはさておき、どう考えても地デジ対応テレビではない。
地デジ非対応のテレビで地デジを見るようにするにはどうやら、地デジチューナーとやらが必要とのこと。
で、地デジチューナーをまた調べたところ、
新品だと1万円近くするが、中古ならば3000円以内で買える。
で、もしやと思い、メルカリで調べたら2000円で売ってたー!
つまり、2000円でテレビを購入できたと歓喜。
しかし、さすがは築40年の家。
テレビ線が大変なことになっていた…。
え。
なんだこれ、見たことがない…。
高校卒業して15年近く一人暮らしをしていて、テレビの配線に戸惑った記憶はない。
なぜなら、テレビ端子はみなこれだったからである。
というよりか、このブログを読んでいるみなさんはむしろこっちの方しか見たことがないのではないかと思う。
我が家の端子をよく見るとNationalと書いてあって、懐かしい!と昭和生まれは思いつつ、でも、後者の端子しか記憶はない。
後者の端子は本当にただ刺すといったサルでもできるものだが、電化製品に詳しいわけではない者としてはこれはお手上げ。
一応、ググってみてはみたものの、電気工事が必要だの、かなり難しそうな作業が必要だので、DIYは好きだけど、かなり不器用なので自信がなく断念。
まぁ、実は結果的にこのNational端子がとんでもない救世主になるのだけれど。
テレビ端子を失い、どうやって電波を受信しようかとまたググる。
(実はこのとき鬱でした。もう執念だけでやっている)
評価も良さそうだし、詳細を読むとかなり電波を拾える模様。
ただし、悪い評価も読むと、やはり場所によっては電波を拾わない。
思えば白アリ駆除業者に我が家は、古い上に建物の構造が複雑らしく、「難物件」だから駆除できないと言われたいわくつきの我が家。
ここでも「難物件」が発揮してしまうのではと思いつつ、2100円ならもしダメだとしてもダメージが大きくないと思い購入。
で、来ました!
接続!
はい、恐れていた難物件パワー炸裂しました。
諦めきれずに、アンテナを外に置いたり、部屋を出て色んな場所で試すが一切チャンネルを拾わず。
父親との楽しい夕飯の団らんになればと思い、がんばったつもりだったのに、泣きそうなくらいがっかり(鬱期だったので、余計にセンチメンタルにはなっている)
父親の為にテレビを頑張ったのに「なんだ、映らないじゃないか」にイラっとしてしまい、キレたのは内緒(でも反省は一切しない。昔はいちいち反省していたけれど、そんなことしているからアダルトチャイルドになったのだと思ったから)
さすがに疲れ果ててしまい、さっきのテレビ端子をなんとなく見る。
これね。
あれ、そういえば、これ、アンテナ線が刺さったままだなと思い、そのアンテナの先を見て見たら!
あれ、F型端子じゃね!?
慌てて地デジチューナーに刺す。
チャンネルを拾わせる。
拾ったぁああああああ!
もう、喜びで泣きそうでした。
しかも、テレビ神奈川やテレビ東京まで拾ってくれた(実はこの2局大好き)
しかし、なんだか画像が荒い。
改めてテレビ線を見てみると、
どうやら、テレビ線は一本ではなく、2本を繋げてあった。
たぶんだが、昔のテレビはF型端子ではなかったのでが、いつの時代からかF型端子が主流になってそのために、繋げたのではないかと推測。
写真の繋ぎ目は今撮影したものだが、最初に見たときは導線がすごく錆びていて、導線もちゃんと全部繋いでいないのではないかと思う状態だったので、ハサミとカッターを使い、ビニールを剥き、導線を剥き出しにし、きらきらと夕焼けのような銅色の線が出るまで作業。
小学生のときに理科の授業で、乾電池に電球をつけるという実験で導線を見て以来、導線って触ってもいないし、見てもいないなと考える。
私の人生がどれだけ文系だったのか。
繋ぎ目を繋げ直し、もう一度、チャンネルを拾い直させ、いざ視聴!
綺麗に映ったぁーーーーーーーー!
テレビです。これはれっきとしたテレビです。
やった。やったね!
で、テレビが映るようになり、父親との夕飯の団らんに加わったのだが、父親は表情を表に出さないときがたまにあるので、テレビを導入しても大したリアクションはなく。
ただ、テレビが見れるようになって、私がずっとテレビを見ているといった感じだ。
でもやはり、「最近のテレビはつまらない」と思うのだけれど、ひと通りテレビを見ないとなんとなく落ち着かないし、「最近のテレビはつまらない」と言えないのだなと思った。
最初は1万円でテレビを見ようとしたのに、4000円で見れるようになったから、ラッキーである。
それにしても、我ながら、テレビの執念がすごい。